日本酒の製造方法

日本酒の製造方法

日本酒は、米、水、米麹というシンプルな材料を使って作られますが、その製造過程は非常に複雑で、日本酒の品質や風味を左右する多くの要素が含まれています。長年の経験と技術、そして繊細な管理が求められる製造工程を順に見ていきましょう。

1.精米

日本酒造りは「精米」から始まります。日本酒には「酒造好適米」と呼ばれる専用の米が使われ、心白(米の中心部分にあるデンプン層)が大きく、タンパク質や脂質が少ないのが特徴です。精米工程では、米の外側の部分を削り取ります。この部分にはタンパク質や脂質が含まれており、雑味の原因となるため、これを取り除くことでスッキリとした味わいが実現します。

精米歩合は、米をどれだけ削るかを示す指標で、数値が低いほど米をたくさん削っていることを意味します。例えば、精米歩合が50%以下の「大吟醸酒」は、非常に華やかで繊細な味わいが特徴です。削る割合が高いほど米の中心部のみが残り、雑味が少なくなりますが、その分手間がかかり、コストも上がります。

 

2.洗米と浸漬

精米が終わった米は「洗米」と「浸漬」の工程に入ります。まず、洗米では精米時に米に残っている米糠を水で洗い流します。次に「浸漬」工程で米を水に浸し、発酵に必要な水分を吸収させます。この吸水量が適切でなければ、後の発酵に影響を与えるため、米の品種や精米歩合、その日の温度などを考慮し、秒単位で浸漬時間が調整されます。こうした緻密な管理により、品質が安定した日本酒が出来上がります。

 

3.蒸し

洗米・浸漬を終えた米は「蒸し」の工程に入ります。蒸しでは、大きな蒸し器(甑・こしき)で米を蒸します。この工程で米のデンプンが糊化し、麹菌や酵母が働きやすい状態にします。蒸した米、すなわち「蒸米」は、適度な硬さと水分量が求められ、外側が硬く内側が柔らかい「外硬内軟(がいこうないなん)」の状態が理想とされています。このバランスが、麹菌や酵母の働きを最大限に引き出し、日本酒の品質を左右します。

蒸米は、適温に冷ました後、「麹」「酒母」「もろみ」の用途ごとに分けられます。麹には約30℃、酒母には15〜20℃、もろみには10〜15℃と、それぞれ異なる温度で冷却されます。これもまた、日本酒の風味を左右するため、職人が一粒一粒を見極めて管理しています。

 

4.製麹(せいぎく)

 

日本酒造りの中でも特に重要とされる工程が「製麹」です。「一麹、二酛、三造り」と言われるように、日本酒の品質はこの工程が大きく関わります。蒸米に麹菌をまぶし、湿度と温度が厳密に管理された「麹室(こうじむろ)」で約48時間発酵させることで、蒸米から「米麹」が作られます。

麹菌が米のデンプンをブドウ糖に変える糖化作用が行われ、これが日本酒の発酵の原動力となります。また、製麹の過程で麹菌が生成する酵素が、タンパク質を分解してアミノ酸を生み出します。このアミノ酸が旨味のもととなり、日本酒の豊かな味わいに貢献するため、製麹は日本酒の風味を決定づける重要な工程といえます。

 

5.酒母(しゅぼ)造り

製麹が終わったら次は「酒母(しゅぼ)」を作ります。酒母は、日本酒の発酵をスムーズに進めるために、酵母を大量に培養する工程です。麹、蒸米、水を混ぜたものに酵母と乳酸を加えることで、酒母を作ります。酒母造りでは、アルコール発酵の前に乳酸を添加し、雑菌の繁殖を抑制することで酵母の増殖を助けます。

酒母には2種類があり、速醸系の酒母では醸造用の乳酸を添加するのに対し、生酛系の酒母では自然の乳酸菌を利用します。速醸系は短期間で発酵を進めることができ、フレッシュな風味が特徴です。一方、生酛系はじっくりと時間をかけて乳酸菌を自然に取り込み、深い味わいとコクのある日本酒が出来上がります。

6.もろみ仕込み(三段仕込み)

酒母が完成したら、いよいよ日本酒の本格的な発酵に入ります。この過程では、酒母をタンクに移し、さらに麹、蒸米、水を加えます。もろみ仕込みでは、これらの材料を3回に分けて加える「三段仕込み」が行われます。この分割によって発酵が安定し、雑菌の繁殖を防ぎながら高いアルコール度数が実現します。

 

初添え(はつぞえ):最初に酒母に対し、麹、蒸米、水を約7分の1量加えます。

踊り:2日目は「踊り」と呼ばれ、仕込みを休み、酵母が増殖する時間を確保します。

仲添え(なかぞえ):3日目に麹と蒸米、水を3分の1量追加し、発酵をさらに進めます。

留添え(とめぞえ):4日目に残りの麹、蒸米、水をすべて加え、もろみの仕込みが完了します。

この三段仕込みにより、もろみの発酵はゆっくりと進み、香りや風味がより豊かになります。

 

7.もろみ発酵(並行複発酵)

 

日本酒の発酵では「並行複発酵」と呼ばれる、日本独特の発酵法が行われます。もろみの中で麹菌が糖化(デンプンをブドウ糖に分解)を行いながら、酵母がその糖をアルコールに変えていきます。この2つの反応が同時進行で行われることを「並行複発酵」と呼び、約3週間かけて発酵が進みます。この発酵が進むことで、もろみのアルコール度数は17〜18度に達します。

吟醸酒などでは低温発酵が求められ、10度程度の低温で1ヶ月近くかけて発酵させることもあります。低温でじっくり発酵させることでフルーティーな香りが引き出され、華やかな吟醸香が特徴の日本酒に仕上がります。

 

8.上槽(じょうそう)

もろみの発酵が完了すると、次は「上槽」と呼ばれる搾りの工程に入ります。この工程で、もろみから液体の日本酒と固形物の酒粕が分けられます。通常は圧搾機を使って搾りますが、高品質な酒には伝統的な「袋吊り搾り」という方法が用いられます。袋吊り搾りは、もろみを布袋に入れて吊るし、重力によって自然に滴り落ちる液体だけを集める手法です。これにより、雑味の少ない繊細な味わいの酒が得られます。

 

9.おり引き・濾過・火入れ

搾りたての日本酒には「おり」と呼ばれる微細な固形物が含まれているため、数日間静置して沈殿させ、上澄みだけを取り出す「おり引き」を行います。さらに微細なおりを取り除くために濾過が行われます。活性炭やフィルターを使って濾過することで、透明でクリアな日本酒が仕上がりますが、風味を残すためにあえて濾過をしない「無濾過」酒も存在します。

濾過が終わった後、品質の安定を目的として、60〜65度で加熱する「火入れ」を行います。火入れにより、酵素の働きが抑えられ、長期保存が可能な状態にします。


10.貯蔵と熟成

火入れが済んだ日本酒はタンクに貯蔵され、数ヶ月から1年程度の熟成期間を経ます。熟成することで新酒特有の荒々しさが落ち着き、まろやかで深みのある味わいが生まれます。通常、15〜20度で貯蔵管理されますが、一部の吟醸酒や生酒は低温貯蔵され、フレッシュな香りを保ちます。また、長期間貯蔵された「古酒」は、濃厚で複雑な風味が特徴で、独自の風味が楽しめます。

11.瓶詰めと最終火入れ

熟成が完了すると、最終工程として「瓶詰め」が行われます。瓶詰めする前に、アルコール度数が高い日本酒には「割水」をして水を加え、アルコール度数を15度前後に調整します。瓶詰めの際には、雑菌の混入を防ぐための検品が行われ、必要に応じて2度目の火入れを実施します。こうして安定した品質の日本酒が完成し、ラベルを貼って商品として出荷されます。

 

12.製造工程がもたらす味わいの違い

日本酒の風味や香りは、各工程の違いによって大きく変わります。例えば、もろみの発酵温度によって日本酒の香りが異なり、火入れのタイミングや貯蔵期間の長さが味のまろやかさに影響します。さらに、使用する麹菌や酵母の種類、製麹や蒸米の仕上がり、貯蔵期間の違いによっても、完成した酒の味わいは大きく変化します。

 

製造工程を知ることで、日本酒に込められた職人の技術とその奥深い味わいをより深く楽しむことができるでしょう。